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「全体」は「共通の目的を持った人」の集まりである

大和思想 三章  「全体」は「共通の目的を持った人」の集まりである


 それでは、まず、「全体は『共通の目的を持った人』の集まりである」ということについて説明したいと思います。



 世の中には、「家族」「友人の集まり」「学校」「会社」「国家」等、様々な「全体」がありますが、それらは全て「『共通の目的を持った人』の集まり」です。


 人間は「社会的生き物」なので、様々な「全体」をつくり、その中で生活していますが、どのような「全体」でも、まず、はじめに、「『一人では実現できない目的』を持った人」がいて、それを実現させるために、「『自分と同じ目的』を持った人」を集めて、もしくは、「『自分と同じ目的』を持った人」が自然に集まってつくりだされるのが普通です。


「一人では実現できない目的」を持っていなければ(「『一人では実現できない目的』を実現させたい」と思っていなければ)、誰も「全体」をつくりません。

 また、「一人では実現できない目的」を持っていたとしても(「『一人では実現できない目的』を実現させたい」と思っていたとしても)、「同じ目的を持った人」が集まらなければ、「全体」はつくりだされません。


 例えば、「家族」には、「家族全員で協力して生きていく」という「目的」がありますが、そのような「目的」(一人では実現できない目的)を持っていなければ(「家族をつくって家族全員で協力して生きていきたい」と思っていなければ)、誰も「家族」をつくりません。

 また、そうしたいと思っていたとしても、「『自分と同じ目的』を持った人」が集まらなければ、「家族」はつくりだされません。


 また、「友人の集まり」には、「『有意義な時間』を過ごす」「自分にはない『知識』や『感性』に触れる」等の「目的」がありますが、そのような「目的」(一人では実現できない目的)を持っていなければ(「友人をつくって『有意義な時間』を過ごしたい」「自分にはない『知識』や『感性』に触れたい」と思っていなければ)、誰も「友人」をつくりません。

 また、そうしたいと思っていたとしても、「『自分と同じ目的』を持った人」が集まらなければ、「友人の集まり」はつくりだされません。


 また、「会社」には、「利益を上げ、それを『会社を構成する全ての人』に分配する」という「目的」がありますが、そのような「目的」(一人では実現できない目的)を持っていなければ(「『会社の活動を通じて利益を上げ、それを自分を含む会社を構成する全ての人に分配する活動』をしたい」と思っていなければ)、誰も「会社」をつくりません。

 また、そうしたいと思っていたとしても、「『自分と同じ目的』を持った人」が集まらなければ、「会社」はつくりだされません。


 また、「国家」には、「国民全員(国家を構成する全ての人)の生活を安定させる」という「目的」がありますが、そのような「目的」(一人では実現できない目的)を持っていなければ(「国家をつくって『自分を含む、国家を構成する全ての人の生活』を安定させたい」と思っていなければ)、誰も「国家」をつくりません。

 また、そうしたいと思っていたとしても、「『自分と同じ目的』を持った人」が集まらなければ、「国家」はつくりだされません。


 このように、「一人では実現できない目的」を持っていなければ、誰も「全体」をつくりませんし、「一人では実現できない目的」を持っていたとしても、「同じ目的を持った人」が集まらなければ、「全体」はつくりだされないのです。

 ですから、このことから、「全体」は、「『一人では実現できない目的』を実現させるために、『同じ目的を持った人』が集まってつくりだされるもの」だと言えるのです。

 つまり、「全体」は「『共通の目的を持った人』の集まり」だと言えるのです。



 さて、このように、世の中の全ての「全体」は、「『共通の目的を持った人』の集まり」なのですが、「全体を構成する全ての人」が持つ「共通の目的」には、分かりづらいものがたくさんあります。

 また、「全体を構成する人」の中には、「共通の目的」を意識していない人がたくさんいます。

 ですから、「全体」によっては、「『共通の目的を持った人』の集まり」であることを認識しづらいものもあります。

 ですが、もし「共通の目的」がなかったら、「全体」がつくられることはありませんし、時間と共にそれぞれの考えが変わり、「共通の目的」がなくなったら、その「全体」は消滅するはずです。


 また、人間は、それぞれが「自分の考え」を持った「独立した個人」なので、同じ「全体」に所属していても、それぞれが持つ様々な「目的(『生きる目的』『働く目的』『行動する目的』等)」が全て一致することはありません。

 ですが、もし、「その全体を構成する全ての人」が持つ「共通の目的」と同じ「目的」を持っていなかったら、その人は、その「全体」に所属せず別行動をするはずです。

 また、「全体に所属している」ということは、その人は、少なからず「その『全体』を必要としている」ということですし、「その『全体』から得るものがある」ということです。

 つまり、その人は、「その全体を構成する全ての人」が持つ「共通の目的」と同じ「目的」を、少なからず持っているということです。

 ですから、これらのことからも、「全体」は「『共通の目的を持った人』の集まり」だと言えるのです。


 世の中には、「家族」「友人の集まり」「学校」「会社」「国家」等、様々な「全体(集団、組織、社会)」がありますが、それらは全て「『共通の目的を持った人』の集まり」なのです。

 ほとんどの人は、意識したことがないかもしれませんが、これが「全体」であり、「全体」の「本質」なのです。



 さて、このように、世の中の全ての「全体」は、「『共通の目的を持った人』の集まり」なのです。

 そして、このことから、「全体の構造」の「根本」は、「目的」と「複数の人」だと言えるのです。

「全体の構造」を理解するためには、まず、このことをしっかり理解する必要があります。


「全体」は「『共通の目的を持った人』の集まり」です。

 そして、「全体の構造」の「根本」は、「目的」と「複数の人」なのです。


続きを読む ⇒ 「全体を構成する全ての人」は「全体の目的を実現させる活動の一部分を 担っている状態」で存在している

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