私たちは、本気で、共存共栄を実現させます!!

「全体を構成する全ての人」は「全体の目的を実現させる活動の一部分を担っている状態」で存在している

大和思想 三章  「全体を構成する全ての人」は「全体の目的を実現させる活動の一部分を担っている状態」で存在している


 先ほど説明したように、「全体の構造」の「根本」は、「目的」と「複数の人」ですが、この「複数の人(全体を構成する全ての人)」は、「『全体の目的を実現させる活動』の『一部分』を担っている状態」で存在しています。


「全体」は「『共通の目的を持った人』の集まり」です。

「『一人では実現できない目的』を実現させるために、『同じ目的を持った人』が集まってつくりだされるもの」、それが「全体」です。

 ですから、どのような「全体」でも、「全体を構成する全ての人」は「共通の目的」を持っていますし、基本的には、「『全体の目的(共通の目的)を実現させるための働きかけ』をしている状態」で「全体」を構成しています。


 中には、「全体を構成している」にもかかわらず、「『全体の目的を実現させるための働きかけ』をしていない人」がいるかもしれません。

 ですが、「全体」は「『共通の目的を持った人』の集まり」なので、本来は、「全体を構成する全ての人」が、「『全体の目的(共通の目的)を実現させる』ための働きかけ」をしていなければなりません。

「ただ単に『全体』を構成している」のではなく、「『全体の目的を実現させるための働きかけをしている状態』で『全体』を構成している」のが、「全体を構成する人」の「本来の姿」「あるべき姿」なのです。


 このことから、「全体を構成する人」は、「『全体の目的を実現させる活動』の『一翼』を担う存在」「『全体の目的を実現させる活動』の『一部分』を担う存在」だと言えます。

 また、「全体を構成する全ての人」は、「『全体の目的を実現させる』ための働きかけ」を「している、していない」にかかわらず、「『全体の目的を実現させる活動の一部分を担っている状態』で存在している」と言えるのです。



 さて、人間は、それぞれが「自分の考え」を持った「独立した個人」なので、「全体」においても、それぞれが「独立した個人」であることに変わりはありません。

 ですが、「全体」は「『共通の目的を持った人』の集まり」なので、「全体」においては、「『独立した個人』であると同時に、『全体の目的を実現させる活動』の『一部分』を担っている状態」で存在しています。


 この「『独立した個人』であると同時に、『全体の目的を実現させる活動』の『一部分』を担っている状態」をより理解するために、「人間の体を構成する『一つの細胞』と『人間の体全体』の関係」について簡単に説明したいと思います。


「人間の体を構成する『一つの細胞』と『人間の体全体』の関係」は、「『一人の人間』と『人間社会全体』の関係」に、よく似ています。


 例えば、眼球を構成する「一つの細胞」は、「一つの独立した細胞」であると同時に、「『眼球の一部分』を担っている」と同時に、「『頭部の一部分』を担っている」と同時に、「『体全体の一部分』を担っている」と言えます。

 同じように、人間社会を構成する「一人の人間」は、「一人の独立した個人」であると同時に、「『家族の一部分』を担っている」と同時に、「『勤めている会社の一部分』を担っている」と同時に、「『国家の一部分』を担っている」と同時に、「『人間社会全体の一部分』を担っている」と言えます。


 また、人間の体を構成する「一つの細胞」の「存在」は、一見、それほど重要ではなさそうですが、例えば、眼球を構成する「一つの細胞」が正常に機能しなくなることによって、その影響で、眼球を構成する「他の細胞」も正常に機能しなくなり、その結果「失明」に至ることもありますし、人間の体を構成する一つ一つの細胞が「活発でいい状態」でなければ、その総合体である「人間の体全体」は「活発でいい状態」にならないので、人間の体を構成する「一つの細胞」の「存在」と、その「あり方」は、実際はとても重要だと言えます。

 同じように、人間社会を構成する「一人の人間」の「存在」も、一見、それほど重要ではなさそうですが、例えば、「一人の人間」が「自分勝手な生き方」をすることによって、「家庭」が崩壊したり、「職場」が滅茶苦茶になったり、犯罪を犯して「社会の秩序」が著しく乱れたりすることもありますし、人間社会を構成する一人一人が「活発でいい状態」でなければ、その総合体である「人間社会全体」は「活発でいい状態」にならないので、人間社会を構成する「一人の人間」の「存在」と、その「あり方」も、実際はとても重要だと言えます。


 このように、人間の体を構成する「一つの細胞」も、人間社会を構成する「一人の人間」も、「『一つの独立した存在』であると同時に、『様々な部分や全体の一部分を担っている状態』で存在している」のです。


 人間は、それぞれが「自分の考え」を持った「独立した個人」なので、「全体」においても、「独立した個人」であることに変わりはありません。

 ですが、「全体」においては、「『独立した個人』であると同時に、『全体の目的を実現させる活動』の『一部分』を担っている状態」で存在しているのです。

「ただ単に存在している」のではなく、「『全体の目的を実現させる活動』の『一部分』を担っている状態」で存在しているのです。



 さて、これらのことから分かるように、どのような「全体」においても、「全体を構成する全ての人」は、「『全体の目的を実現させる活動』の『一部分』を担っている状態」で存在しているのです。


「全体の構造」の「根本」は、「目的」と「複数の人」です。

 そして、この「複数の人(全体を構成する全ての人)」は、「『全体の目的を実現させる活動』の『一部分』を担っている状態」で存在しているのです。


続きを読む ⇒ 「全体」は「まとめる側(まとめる立場)」と「まとめられる側(まとめられる立場)」に 分かれている

目次へ戻る