大和思想 三章 「役割分担」と「適材適所」をしっかり行なう
それでは、まず、「『役割分担』と『適材適所』をしっかり行なう」ということについて説明したいと思います。
世の中には、様々な「全体」がありますが、どのような「全体」でも、「全体の目的」を実現させるためには、「『全体の目的を実現させる』ために行なう必要がある全てのこと」を「円滑に」「効率良く」行なう必要があります。
また、そのためには、「『全体の目的を実現させる』ために行なう必要がある全てのこと」を「全体を構成する全ての人」で「分担」して(役割分担をして)行なう必要があります。
「役割分担」をせず、「全体を構成する全ての人」が、常に一緒になって同じ作業をしていたら、作業が「円滑に」「効率良く」行なわれず、はかどらないので、「全体の目的」を実現させることができなくなります。
ですから、「全体の目的」を実現させるためには、「『全体の目的を実現させる』ために行なう必要がある全てのこと」を「全体を構成する全ての人」で「分担」して(役割分担をして)行なう必要があるのです。
例えば、「家族」において、「家族全員で協力して生きていく」という「目的」を実現させるためには、「『家族全員で協力して生きていく』ために行なう必要がある全てのこと」を「家族全員」で「分担」して(役割分担をして)行なう必要があります。
「夫が収入を得ることに専念して、妻は家事に専念する」、子育てにおいて、「一方が子供を叱ったら、もう一方は優しく接する(フォローをする)」、「男性が力仕事をして、女性が力を必要としない仕事をする」等、「『家族全員で協力して生きていく』ために行なう必要がある全てのこと」を「家族全員」で「分担」して行なえば、それら全てを「円滑に」「効率良く」行なうことができます。
もちろん、「役割分担」の仕方は「家族」によって違いますし、それぞれの「役割」は変わることもあります。
また、「役割分担」をすると、一人が作業をしているときに別の人は休憩しているというように、一見、行動が「バラバラ」に見えることもあります。
ですが、「役割分担」をせず、「家族全員」が、常に一緒になって同じ作業をしていたら、それは間違いなく「非効率」なのです。
そして、「非効率なやり方」で全てのことを行なっていたら、全ての作業がはかどらず、「行なうべきこと」が、どんどんたまっていくので、いずれ「家族全員で協力して生きていくこと」ができなくなるのです。
ですから、「家族全員で協力して生きていく」ためには、「『家族全員で協力して生きていく』ために行なう必要がある全てのこと」を「家族全員」で「分担」して行なう必要があるのです。
また、「会社」においても「役割分担」は必要です。
例えば、開発部、製造部、販売部がある「会社」で、「会社を構成する全ての人」で開発を行ない、その作業が終わってから「会社を構成する全ての人」で製造を行ない、その作業が終わってから「会社を構成する全ての人」で販売を行なっていたら、それは「非効率」どころではありません。
「会社を構成する全ての人」を、それぞれの「能力」「長所、短所」「関心の有る、無し」「将来性」等に基づいてそれぞれの部署に配置し(役割分担をし)、それぞれの部署内でも、それぞれの「役割」「責任」「権限の範囲」等を明確にして(役割分担をして)作業をするからこそ、「『会社』の全ての作業」を「円滑に」「効率良く」行なうことができるのです。
「会社」には、「利益を上げ、それを『会社を構成する全ての人』に分配する」という「目的」がありますが、「役割分担」をしなければ、そのために必要な全てのことを、「円滑に」「効率良く」行なうことなどできません。
ですから、「会社」においても、「会社の目的」を実現させるためには、「『会社の目的を実現させる』ために行なう必要がある全てのこと」を「会社を構成する全ての人」で「分担」して行なう必要があるのです。
また、「国家」においても同じことが言えます。
「国家」には、「国民全員(国家を構成する全ての人)の生活を安定させる」という「目的」があるので、「『国民全員の生活を安定させる』ために行なう必要がある全てのこと」を「国民全員」で「分担」して(役割分担をして)行なう必要があります。
「国家」においては、「政治活動」「経済活動」「教育」等、「『国民全員の生活を安定させる』ために行なう必要がある全てのこと」は、実際に、「職業」等のかたちで「分担」して行なわれています。
ですが、重要なのは、「『国民全員の生活を安定させるために行なう必要がある全てのこと』を『国民全員』で『分担』して行なうこと」なので、「困っている人を助ける」「自然や環境を守る」といった、「職業以外のこと(収入につながらないこと)」でも、必要なら「国民全員」で「分担」して行なわなければなりません。
「国家」は、規模がとても大きな「全体」なので、「役割分担」をまったくせず「国民全員」が常に同じ活動をしていたら、「国民全員の生活を安定させること」など不可能です。
ですから、「国家」においても、「国民全員の生活を安定させる」ためには、「『国民全員の生活を安定させる』ために行なう必要がある全てのこと」を「国民全員」で「分担」して行なう必要があるのです。
これらのことから分かるように、どのような「全体」でも、「全体の目的」を実現させるためには、「『全体の目的を実現させる』ために行なう必要がある全てのこと」を「全体を構成する全ての人」で「分担」して(役割分担をして)行なう必要があるのです。
「役割分担」をせず、「全体を構成する全ての人」が、常に一緒になって同じ作業をしていたら、それは間違いなく「非効率」なのです。
そして、「非効率なやり方」で「全体の活動」をしていたら、いずれ、「全体の目的」を実現させることはできなくなるのです。
ですから、どのような「全体」でも、「全体の目的」を実現させるためには、「役割分担」をしっかり行なう必要があるのです。
さて、このように、「全体の目的」を実現させるためには「役割分担」をしっかり行なう必要があるのですが、実際に「役割分担」をするときには、同時に、「適材適所」もしっかり行なう必要があります。
「適材適所を行なう」とは、「『全体を構成する全ての人』を、その人の『適性』や『能力』に応じて、その人にふさわしい『役割』に配置する」「それぞれの『役割』に、その『役割』にふさわしい人を配置する」ということです。
「全体の目的」を実現させるためには、「役割分担」をしっかり行なう必要がありますが、せっかく「役割分担」をしても、それぞれの「役割」に、「その『役割』をしっかり果たせる人」「『その役割を果たすために必要な能力』を備えた人」を配置しなければ、「全体の実力」は十分に発揮されません。
そして、「全体の実力」が十分に発揮されないので、「全体の目的」を実現させることができません。
ですから、「役割分担」をするときは、それぞれの「役割」に、「その『役割』をしっかり果たせる人」「『その役割を果たすために必要な能力』を備えた人」を配置する必要があるのです。つまり「適材適所」をしっかり行なう必要があるのです。
さて、この「適材適所」を行なうためには、次のことをしっかり行なう必要があります。
「適材適所」とは、「『全体を構成する全ての人』を、その人の『適性』や『能力』に応じて、その人にふさわしい『役割』に配置すること」「それぞれの『役割』に、その『役割』にふさわしい人を配置すること」なので、「適材適所」を行なうためには、「全体を構成する全ての人」の「長所、短所」「向き、不向き」「能力」「人間性」「将来性」等を「しっかり見抜く」必要があります。
人は、見た目には「実力」がありそうでも実際はなかったり、逆に、「実力」がなさそうでも実際はあったりします。
また、「自分の発言に『責任』を持っている人」や「発言内容の『正否』を重視する人」は、言葉を慎重に選ぶため、必然的に「口べた」になり、逆の人は、必然的に「口が上手くなる」ので、「『話し方』が上手い」「『説明の仕方』が鮮やかである」というだけでは、「能力の有無」は分かりません。
ですから、「適材適所」を行なうためには、その人の外見だけでなく、「発言」や「行動」にも注目し、また、人は口では何とでも言えるので、「発言」と「実際の行動」が一致しているかをよく観察し、そして、ある程度時間をかけて、その人の「長所、短所」「向き、不向き」「能力」「人間性」「将来性」等を「しっかり見抜く」必要があるのです。
また、「適材適所」と言うからには、当然、自分自身も「適切な役割」を担う必要があります。
つまり、「自分の役割」を考えるときも、自分の「長所、短所」「向き、不向き」「能力」「人間性」「将来性」等をよく考え、「自分にふさわしい役割」を担う必要があります。
人によっては、それらを考えずに、「自分が関心がある役割」を担おうとしますが、いくら関心があっても、「その『役割』をしっかり果たすこと」ができなければ、「全体の実力」は十分に発揮されません。
ですから、「自分の役割」を考えるときも、自分の「長所、短所」「向き、不向き」「能力」「人間性」「将来性」等をよく考え、「自分に適した役割」を担う必要があるのです。
また、同じ理由から、「自分より『その役割』にふさわしい人」がいるときは、その人に、「その『役割』を譲る」必要があるのです。
また、もし「人事異動」をした後に、「移動した人」が「以前と同じように実力を発揮すること」ができなくなったら、それは「『人事異動を行なった人』の責任」と考え、可能な限り、「その人が実力を十分に発揮できる役割」に「再移動」するか、もしくは、「移動する前の役割」に戻した方がいいと言えます。
なぜなら、人は、「適切な役割」に配置されてこそ実力を十分に発揮できるのですし、「全体に『実力を十分に発揮できていない人』がいる」ということは、「その『全体』は実力を十分に発揮できていない」ということだからです。
ですから、「人事異動」や「人の配置」をするときは細心の注意を払い、その結果が良くないときは、「再移動」することも考えた方がいいのです。
「適材適所」は、それくらい慎重になってこそ、しっかり行なうことができるのです。
これらのことをしっかり行なうことによって、「適材適所」をしっかり行なうことができるのです。
「役割分担」をするときは、このようなことに注意して、「適材適所」もしっかり行なう必要があるのです。
さて、これらのことから分かるように、「全体の目的」を実現させるためには、「役割分担」と「適材適所」をしっかり行なう必要があるのです。
「役割分担」をしなければ、「『全体の目的を実現させる』ために行なう必要がある全てのこと」を「円滑に」「効率良く」行なうことはできません。
また、「適材適所」を行なわなければ、「『全体の実力』を十分に発揮させること」はできません。
ですから、「全体の目的」を実現させるためには、「役割分担」と「適材適所」をしっかり行なう必要があるのです。
続きを読む ⇒ 「全体を構成する全ての人」が 「優先順位の一番」を「全体」にする