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「全体を構成する全ての人」が「優先順位の一番」を「全体」にする

大和思想 三章  「全体を構成する全ての人」が「優先順位の一番」を「全体」にする


 ※ここで言う「『優先順位の一番』を『全体』にする」とは、「自分のことよりも『全体のこと』を優先させて行動する」「『全体のこと』を最優先に考えて行動する」という意味です。



 どのような「全体」でも、「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」が、「優先順位の一番」を「その全体」にする必要があります。


「全体を構成する全ての人」が「優先順位の一番」を「自分」にしていたら、「全体を構成する全ての人」の「行動」に「まとまり」「統一性」が得られなくなるので、「全体の目的」を実現させることができなくなります。

 例えば、集団スポーツの「チーム」において、「選手全員」が「優先順位の一番」を「チーム」にしないで「自分」にしていたら、「チームワーク」が得られず、「『チームの実力』を十分に発揮すること」ができないので、試合に勝つことができません。

 また、「家族」において、「家族全員」が「優先順位の一番」を「家族」にしないで「自分」にしていたら、「家族」がまとまらないので、いずれ「協力して生きていくこと」ができなくなります。

 また、「会社」において、「会社を構成する全ての人」が「優先順位の一番」を「会社全体」にしないで「自分」にしていたら、「会社を構成する全ての人」の「行動」に「まとまり」「統一性」が得られず、「『会社の活動』の効率」が下がるので、「利益を上げること」に影響がでます。

 また、「国家」において、「国家を構成する全ての人」が「優先順位の一番」を「国家」にしないで「自分」にしていたら、「対立」や「争い」が増えるので、「国民全員の生活を安定させること」ができなくなります。


 このように、どのような「全体」でも、「全体を構成する全ての人」が「優先順位の一番」を「自分」にしていたら、「全体を構成する全ての人」の「行動」に「まとまり」「統一性」が得られなくなるので、「全体の目的」を実現させることができなくなるのです。

 ですから、どのような「全体」でも、「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」が、「優先順位の一番」を「全体」にする必要があるのです。



 さて、どのような「全体」でも、「全体を構成する全ての人」は、「優先順位の一番」を「全体」にする必要があるのですが、「『優先順位の一番』を『全体』にしなければならない」と言うと、人によっては「束縛されている印象」を受け、「嫌な気分」になるかもしれません。

 ですが、「全体」には「目的」があり、「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」が「『まとまり』のある行動」「『統一性』のある行動」をする必要があり、「『まとまり』のある行動」「『統一性』のある行動」をするためには、「全体を構成する全ての人」が「優先順位の一番」を「全体」にする必要があるので、「全体」に所属している以上は、全ての人が、「優先順位の一番」を「全体」にしなければなりません。


「全体」に所属せず一人で行動するなら、「優先順位の一番」を「自分」にし、「自分の思うまま」「気の向くまま」に行動しても、何の問題もありません。

 ですが、「全体に所属している」のに、そのように行動したら、「全体を構成する全ての人」の「行動」に「まとまり」「統一性」が得られなくなり、「全体の目的」を実現させることができなくなるので、そのような行動は許されないのです。


「全体」に所属すると、「一人ではできないこと」ができるようになる一方、必然的に「行動の自由度」は減ります。

「全体に所属すること」と「『優先順位の一番』を『自分』にすること」は両立し得ないのです。


 ですから、「『行動の自由度』が減るのは絶対に嫌だ」という人は、「全体」に所属しないで一人で行動するしかありません。

「家族をつくると『行動の自由度』が減るから嫌だ」という人は、「家族」をつくらず、一人で生きていくしかありませんし、「友人と集まると『行動の自由度』が減るから嫌だ」という人は、一人で過ごすしかありません。

 また、「学校に通うと、学びたいことが自由に学べないから嫌だ」という人は、一人で勉強するしかありませんし、「会社で働くと、やりたい仕事ができないから嫌だ」という人は、個人で仕事をするしかありません。

 また、「国家の中で生活すると、『行動の自由度』が減るから嫌だ」という人は、誰もいない山奥かジャングルか無人島で、一人で生きていくしかないのです。


「『全体』に所属し『全体を構成する一員』として行動するか、それとも『全体』に所属せず、一人で行動するか」は、それぞれが決めることです。

 ですが、「全体に所属する」以上は、全ての人が、「優先順位の一番」を「全体」にしなければならないのです。



 さて、これらのことから分かるように、「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」が、「優先順位の一番」を「全体」にする必要があるのです。


 世の中の全ての「全体」には「目的」がありますが、「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」の「行動」に「まとまり」「統一性」が必要になります。

 そして、「全体を構成する全ての人」の「行動」に「まとまり」「統一性」をもたらすためには、「全体を構成する全ての人」が、「優先順位の一番」を「全体」にする必要があるのです。

 ですから、どのような「全体」でも、「全体を構成する全ての人」は、「優先順位の一番」を「全体」にする必要があるのです。


「『優先順位の一番』を『全体』にする」というのは、「自分だけが『優先順位の一番』を『全体』にする」ということではありません。

「全体をまとめる立場の人」も「まとめられる立場の人」も「男性」も「女性」も「年長者」も「年少者」も、「全ての人が『優先順位の一番』を『全体』にする」ということです。

 つまり、これは、「全体を構成する全ての人」に「公平」な「ルール」なのです。

「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」が、この「公平」な「ルール」に従う必要があるのです。


続きを読む ⇒ 「全体を構成する全ての人」が 「主体性」を持ち、かつ、「互いに協力し合う」

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