大和思想 三章 「全体を構成する全ての人」をしっかり育てる(教育をしっかり行なう)
※ここで言う「しっかり育てる(教育をしっかり行なう)」とは、単に「知識」「技術」等を「教える(伝える)」ということではなく、「様々な手段を用いて、相手を『全体における自分の役割をしっかり果たせる状態』にする」という意味です。
先ほど説明したように、「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」が「自分の役割」をしっかり果たす必要があるのですが、「自分の役割」をしっかり果たすために必要となる「知識」「技術」等は、放っておいて自然に身に付くわけではありません。
ですから、「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」に、それらをしっかり教え、「『全体における自分の役割をしっかり果たせる状態』に育てる」必要があります。
例えば、「家族」において、「『家族全員』で協力して生きていく」という「目的」を実現させるためには、「家族全員」をしっかり育てる必要があります。
子供に、「家族」における「自分の役割」をしっかり果たすために必要となる「知識」「技術」等を教え、それらをしっかり身に付けさせなければ、子供は、いつまでたっても、「家族における『自分の役割』をしっかり果たせる状態」になりません。
また、場合によっては、子供をしっかり育てないことによって、子供が「自分勝手な人間」に育ち、成長するに従って親の言うことを聞かなくなり、「家族」のことなど全くかえりみなくなることもあります。
また、夫婦間でも、「家族」における「自分の役割」をしっかり果たすために必要となる「知識」「技術」等を、互いに教え合い、学び合わなければ、夫婦共に成長することができないので、様々な「困難」を乗り越えられるようになりません。
これらのことから分かるように、「家族全員」を「家族における『自分の役割』をしっかり果たせる状態」に育てなければ、いずれ、「『家族全員』で協力して生きていくこと」はできなくなるのです。
ですから、「『家族全員』で協力して生きていく」ためには、「家族全員」が互いに教え合い、学び合って、「家族全員」をしっかり育てる必要があるのです。
また、「会社」においても、「利益を上げ、それを『会社を構成する全ての人』に分配する」という「目的」を実現させるためには、「社員全員」を「会社における『自分の役割』をしっかり果たせる状態」に育てる必要があります。
人によっては、「自分で覚えろ」とか「昔の人は自主的に学んだけど、最近の人は言われなければ学ぼうとしない」と言って、あまり「教えること(育てること)」をしませんが、もし、「教えること(育てること)」を全くしなかったら、社員は、「『自分の役割』をしっかり果たせる状態」になりません。
また、「社員全員の能力」は低いより高い方がいいですし、「新入社員」はなるべく早く成長した方が、「会社」にとっていいはずです。
「新入社員」が十年かけて「一人前」に育つより、五年で「一人前」に育つ方が、「会社」にとっていいのです。
また、「社員全員」がしっかり育たなければ、「会社を発展させること」も「様々な『困難』を乗り越えること」もできません。
つまり、「社員全員」をしっかり育てなければ、「会社」は、いずれ、「会社の目的」を実現させることができなくなるのです。
ですから、「会社」においても、「会社の目的」を実現させるためには、「社員全員」をしっかり育てる必要があるのです。
その仕事に関する「知識」と「技術」はもちろんのこと、必要なら「一般常識」「人間性」、その他どのようなことでも積極的に教え、「社員全員」を「会社における『自分の役割』をしっかり果たせる状態」に育てる必要があるのです。
また、「国家」においても、「国民全員(国家を構成する全ての人)の生活を安定させる」という「目的」を実現させるためには、「国民全員」をしっかり育てる必要があります。
どの「国家」でも、「政治活動」「経済活動」「文化活動」「社会活動」等、「『国民全員の生活を安定させる』ために行なう必要がある全てのこと」は、その国の「国民」が分担して行なっています。
ですから、もし、「国民全員」が「『国家における自分の役割』をしっかり果たせる状態」でなかったら、「社会」も「経済」も「文化」も発展しませんし、「国民全員の生活を安定させること」も「国家を『いい状態』で存続させること」もできません。
ですから、「国家」においても、「国民全員の生活を安定させる」という「目的」を実現させるためには、「国民全員」を「国家における『自分の役割』をしっかり果たせる状態」に育てる必要があるのです。
また、このことは、「友人の集まり」のような「全体」にも当てはまります。
「友人の集まり」には、「有意義な時間を過ごす」「自分にはない『知識』や『感性』に触れる」等の「目的」がありますが、それを実現させるためには、「『友人の集まり』を構成する全ての人」が、「『協調性』を持って接する」「『ウソ』をつかない」「『約束』を守る」等の、「『その友人の集まりの目的を実現させる』ために必要なこと」をしっかり行なう必要があります。
そして、そのためには、「『その友人の集まり』を構成する全ての人」を「それらをしっかり行なえる状態」に育てる必要があります。
「『友人の集まり』を構成する全ての人」が、誰に教わらなくても、互いに「協調性」を持って接し、「ウソ」をつかず、「約束」を守るというように、「自分の役割」をしっかり果たしているなら問題はありません。
ですが、そうでないのに互いに何も教えず、学びもしなかったら、「『その友人の集まり』を構成する全ての人」は、いつまでたっても、それらができないままです。
そして、いつまでたっても、それらができないので、いつまでたっても、「『その友人の集まりの目的』を実現させること」ができないのです。
ですから、「友人関係」において、相手に「口うるさく」「説教がましく」教えるのは良くありませんが、それでも、「『協調性をもって接すること』『ウソをつかないこと』『約束を守ること』等の必要性」や「それらを行なうコツ」等を、互いに教え合い、学び合って、「『友人の集まり』を構成する全ての人」を「友人の集まりにおける『自分の役割』をしっかり果たせる状態」に育てる必要があるのです。
さて、これらのことから、どのような「全体」でも、「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」を、「『全体における自分の役割をしっかり果たせる状態』に育てる」必要があることが理解できると思います。
人によっては、「人間は放っておいても育つ」と言うかもしれませんが、放っておいて育つのは「身体」だけで、「知識」「技術」等が身に付き、「『自分の役割』をしっかり果たせる状態」に育つわけではありません。
また、どのような「全体」でも、「『全体を構成する人』を簡単に入れ変えること」はできません。
つまり、「全体の目的」は、基本的に、「その全体を構成する人の力」のみで実現させなければならないのです。
ですから、「全体を構成する全ての人」をしっかり育てることは、「全体の目的」を実現させる上で、とても重要なことなのです。
それは、「全体の目的」を実現させるための「要」とも言えるものなのです。
「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」が「自分の役割」をしっかり果たす必要があります。
ですが、「自分の役割」をしっかり果たすために必要となる「知識」「技術」等は、放っておいて自然に身に付くわけではないのです。
ですから、どのような「全体」でも、「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」をしっかり育てる必要があるのです。
続きを読む ⇒ 「全体を統制する」必要性について