大和思想 三章 「抑止力」を有効に活用する
※ここで言う「抑止力」とは、「活動をやめさせる力」「思いとどまらせる力」という意味です。
また、「『抑止力』を有効に活用する」とは、「抑止力を、自分や自分達の『間違い』『失敗』『過ち』を未全に防ぐために『意図的』に用意し、活用する」という意味です。
「全体を統制する」ためには、まず、はじめに「全体のルール」をつくります。
そして、「『全体を統制する』ための教育」をしっかり行ないます。
そして、「『全体を統制するための教育』ではカバーできない部分」を「信賞必罰」で補います。
「全体」は、これらを行なうことによって「統制すること」ができますが、「抑止力」を有効に活用することによって、「より確実に統制すること」ができるようになります。
意識していない人は、気付いていないかもしれませんが、私達の周りには、様々な「抑止力(抑止効果があるもの)」があります。
例えば、「刑罰」は、人に犯罪を思いとどまらせる効果があるので、「刑罰」は犯罪行為に対する「抑止力」だと言えます。
また、「宗教」に入っている人には、「その宗教の存在」や「教え」が、「悪い行ない」を思いとどまらせる「抑止力」になっています。
また、子供が「親に怒られたくないからイタズラをしない」と言うなら、「親の存在」が子供に対して「抑止力」になっていると言えます。
また、「努力目標」や「自分を奮い立たせる言葉」を紙に書いて、目につくところに貼る人がいますが、この「自分を奮い立たせるもの」も、自分の「弱さ」や「怠惰」を「抑止」していると言えます。
このように、私達の周りには、様々な「抑止力」があるのです。
「抑止力」と言うと、「何か特別な大きなもの」を想像するかもしれませんが、ここに挙げたような身近にあるものも、「抑止力」として十分に機能しているのです。
さて、「全体をより確実に統制する」ためには、この「抑止力」を活用する必要があるのですが、そのためには、「抑止力」を「自分や自分達の『間違い』『失敗』『過ち』を未全に防ぐために『意図的』に用意するもの」として捉える必要があります。
「抑止力」には、「相手を牽制する」「相手にプレッシャーを与える」という側面がありますが、「相手を牽制するだけ」「相手にプレッシャーを与えるだけ」では、「対立」が生まれ、深まるだけなので、「全体を統制すること」はできなくなります。
逆に、「抑止力」を、「自分や自分達の『間違い』『失敗』『過ち』を未全に防ぐために『意図的』に用意するもの」として捉え、活用すれば、「全体を構成する全ての人」の「間違い」「失敗」「過ち」を未然に防ぎ、最小限に抑えることができるので、「全体をより確実に統制すること」ができます。
例えば、「抑止力」を有効に活用すれば、「家族をより確実に統制すること」ができます。
「家族」においては、「子供」に対しては「親」が、「夫」に対しては「妻」が、「妻」に対しては「夫」が「抑止力」になり得ます。
ですが、「家族」における「抑止力」は、法律で決められているわけでも、誰かに強制されているわけでもないので、相手の目を盗んで「自分勝手な行動」をしようと思えば、いくらでもできてしまいます。
ですから、特に「家族」において「抑止力」を活用するときには、「抑止力」を、「自分や自分達の『間違い』『失敗』『過ち』を未全に防ぐために『意図的』に用意するもの」として捉える必要があります。
例えば、相手のことを、「自分の『間違い』『失敗』『過ち』を客観的な立場から指摘してくれる人」として捉えます。
そうすると、相手が「自分に対する抑止力」であることが分かります。
そして、互いに相手の「抑止力」となり、互いに相手の意見に素直に耳を傾けるようにすれば、自分や自分達の「間違い」「失敗」「過ち」を最小限に抑えることができるのです。
つまり、「家族をより確実に統制すること」ができるのです。
人間は、誰も完璧ではないので、「抑止力」がない状態で、常に、自分に甘えず、自分を厳しく律し続けるのは簡単ではありません。
ですが、「抑止力」を「自分や自分達の『間違い』『失敗』『過ち』を未全に防ぐために『意図的』に用意するもの」として捉え、活用すれば、自分の力のみで自分を律し続ける場合よりも、はるかに少ない労力で、自分を律し続けることができるのです。
ですから、「抑止力」を有効に活用すれば、「家族をより確実に統制すること」ができるのです。
また、「会社」も「抑止力」を有効に活用すれば、「より確実に統制すること」ができます。
「会社」は、常に一定の利益を出し続けなければ「存続させること」ができませんし、活動には金銭等の利益がからみますし、「会社」によっては規模がとても大きいので、「抑止力」を活用しなければ、「会社を統制する」のは困難です。
ですから、特に大きな「会社」においては、実際に、様々な「抑止力」を活用して「会社」を「統制」しています。
例えば、「会社」によっては、「監査役会」「取締役会」「内部監査部門」があり、「監査役会」が「取締役会」を、「取締役会」が「経営者」を、「内部監査部門」が「業務部門」をそれぞれ抑止(監査)しています。
また、「労働組合」の存在も「経営者」を抑止している側面があります。
また、「独占企業」のように「同業他社」が存在しないと、「業務の効率化」が行なわれにくいですし、「商品価格」「サービス料」等を不当に操作することも簡単にできてしまうので、「同業他社」の存在も「抑止力」になっていると言えます。
また、「会社全体」「部署」「グループ」等においては、「まとめる立場の人」が「まとめられる立場の人」に対して「抑止力」になっているはずです。
このように、「会社」の場合、「会社」の内部や外部に、そして法的に、あるいは自主的に、「抑止効果がある『役職』『部署』『組織』等」を存在させているのです。
ですが、「会社」においても、「抑止力」を活用するときは、「抑止力」を、「自分や自分達の『間違い』『失敗』『過ち』を未全に防ぐために『意図的』に用意するもの」として捉える必要があります。
つまり、「抑止力」になっている「人」や「部署」や「組織」のことを、「自分や自分達の『間違い』『失敗』『過ち』を客観的な立場から指摘してくれる人達」と捉え、その「指摘」や「忠告」には、素直に耳を傾ける必要があります。
「抑止力」を用意しても、「会社を構成する全ての人」が、「自分」や「自分が所属している部署」のことだけを考えて行動し、「抑止力」になっている「人」や「部署」や「組織」の「指摘」や「忠告」を無視していたら、その効果は得られません。
ですから、「会社」においても、「抑止力」を活用するときには、「抑止力」を「自分や自分達の『間違い』『失敗』『過ち』を未全に防ぐために『意図的』に用意するもの」として捉える必要があるのです。
「会社」も、「抑止力」をこのようなものとして捉え、活用することによって、「より確実に統制すること」ができるのです。
また、「国家」においても同じことが言えます。
「国家」は規模がとても大きな「全体」なので、どの「国家」でも、「抑止力」を活用して「国家」を「統制」しています。
例えば、日本では、「司法」「立法」「行政」を分離し、権力が一つの機関に集中するのを防ぐとともに、それぞれが、互いに他の機関の「間違い」「失敗」「過ち」を「抑止」するようにしています。
また、「国家」には「法律」があり、「法律に違反した人」には「刑罰」が科せられますが、これは、「刑罰」によって、「国家を構成する全ての人」の「間違い」「失敗」「過ち」を「抑止」しているということです。
このように、「国家」は、「抑止力」を活用して「統制」されているのですが、「国家」においても、「抑止力」を活用するときは、「抑止力」を、「自分や自分達の『間違い』『失敗』『過ち』を未全に防ぐために『意図的』に用意するもの」として捉える必要があります。
「司法」「立法」「行政」が分離していることを、「それぞれの『間違い』『失敗』『過ち』を未全に防ぐために『意図的』に分離させている」と捉えず、単なる「対立関係」と捉えていたら、それぞれが根本から「対立」することになり、「国家を統制すること」ができなくなります。
また、「刑罰」を、「『国家を構成する全ての人』の『間違い』『失敗』『過ち』を未全に防ぐために『意図的』に用意するもの」として捉えず、単なる「国民の行動を制限するもの」として捉えていたら、素直に「法律」に従う気になれないので、やはり、「国家を統制すること」に支障をきたします。
ですから、「国家」においても「抑止力」を活用するときには、「抑止力」を、「自分や自分達の『間違い』『失敗』『過ち』を未全に防ぐために『意図的』に用意するもの」として捉える必要があるのです。
「国家」も、「抑止力」をこのようなものとして捉え、活用することによって、「より確実に統制すること」ができるのです。
さて、これらのことから分かるように、「全体」は、「抑止力」を有効に活用することによって、「より確実に統制すること」ができるのです。
「抑止力」には、「相手を牽制する」「相手にプレッシャーを与える」という側面があるので、人によっては、「抑止力」を「相手を牽制するため」「相手にプレッシャーを与えるため」だけに使ってしまいます。
ですが、それでは「対立」が生まれ、深まるだけなので、「全体を統制すること」はできないのです。
逆に、「抑止力」を、「自分や自分達の『間違い』『失敗』『過ち』を未全に防ぐために『意図的』に用意するもの」として捉え、活用すれば、「全体を構成する全ての人」の「間違い」「失敗」「過ち」を未然に防ぎ、最小限に抑えることができるので、「全体をより確実に統制すること」ができるのです。
「誰かを抑止する」「誰かに抑止される」ということではなく、「自分や自分達の『間違い』『失敗』『過ち』を未全に防ぐために『意図的』に用意し、活用する」というのが、「『抑止力』の有効な活用の仕方」なのです。
人間は誰も完璧ではないので、「抑止力」がない状態で、常に、自分を一定の状態に律し続けるのは簡単ではありません。
ですが、「抑止力」を有効に活用すれば、自分の力のみで律し続ける場合よりも、はるかに少ない労力で、自分を律し続けることができるのです。
ですから、「抑止力」を有効に活用すれば、「全体をより確実に統制すること」ができるのです。
さて、ここまで、「『全体を統制する』ために必要なこと」について説明してきました。
「全体を統制する」ためには、まず、「全体のルール」をつくります。
そして、「全体を統制するための教育」をしっかり行ないます。
そして、「『全体を統制するための教育』ではカバーできない部分」を「信賞必罰」で補います。
そして、「抑止力」を有効に活用することによって、「全体をより確実に統制する」のです。
続きを読む ⇒ 大和思想 三章 まとめ