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「全体のルール」をつくる

大和思想 三章  「全体のルール」をつくる


 ※ここで言う「ルール」とは、「人間の『あり方』と『行動』を規定するもの」という意味です。

 また、「全体のルール」とは、「『全体を構成する全ての人』の『あり方』と『行動』を規定するもの」という意味です。



 先ほど説明したように、「全体を統制する」とは、「『全体を構成する全ての人』の『あり方』と『行動』に『統一性』をもたらす」ということですが、実際に、そうするためには、まず、はじめに、「『全体を構成する全ての人』の『あり方』と『行動』を規定するもの」、つまり「全体のルール」をつくる必要があります。


「全体を構成する人」といっても、それぞれは「自分の考え」を持った「独立した個人」なので、「全体のルール」がなければ、それぞれが思い思いに行動して、「全体を構成する全ての人」の「あり方」と「行動」は、「統一性がない状態」になります。

 ですから、「全体を統制する」ためには、まず、はじめに、「全体のルール」をつくる必要があるのです。



 さて、「全体を統制する」ためには、「全体のルール」をつくる必要があるのですが、「全体のルール」をつくるのは「全体を統制する」ためであり、「全体を統制する」のは「全体の目的」を実現させるためです。

 ですから、世の中には様々な「ルール」がありますが、基本的に、全ての「ルール」は、「『その全体の目的』を実現させる」ために機能しています。


 例えば、「テーブルマナー(テーブルマナーという『ルール』)」がありますが、それは、「快適に食事をする」ため、「快適に食事をする」という「目的」を実現させるために機能しています。

「テーブルマナー」には、「食べ物を口に含んだまましゃべらない」「食事中は騒がない」等様々なものがあり、それは家庭や文化によって違いますが、いずれにしろ、それらは、「快適に食事をする」という「目的」を実現させるために機能しているのです。


 また、スポーツにも「ルール」がありますが、スポーツの「ルール」も、(広い意味での)「スポーツを楽しむ」という「目的」を実現させるために機能しています。

 スポーツの「ルール」には、「簡単にできないことを行なう楽しさ」や「困難を克服することで得られる充実感」を得るためのものや、試合を「円滑」に進めるためのもの等がありますが、それらは、いずれも、(広い意味での)「スポーツを楽しむ」という「目的」を実現させるために機能しているのです。


 また、「会社」には、「行動に関するルール」や「服装や髪型に関するルール」がありますが、それらは全て、「利益を上げ、それを『会社を構成する全ての人』に分配する」という「会社の目的」を実現させるために機能しています。


 また、「国家」には、「法律」という「ルール」がありますが、「法律」も、「国民全員の生活を安定させる」という、「国家の目的」を実現させるために機能しています。


 このように、世の中には様々な「ルール」がありますが、それらは全て、「『その全体の目的』を実現させる」ために機能しているのです。



 さて、このように、「全体のルール」は、「『その全体の目的を実現させる』ために機能すべきもの」なので、「全体のルール」をつくるときは、「『その全体の目的を実現させる』ために有効に機能するルール」をつくる必要があります。


 例えば、「テーブルマナー」をつくったとしても、それが「あまりにも細かすぎるルール」であったり、逆に「あまりにも大ざっぱなルール」であったりしたら、「快適に食事をすること(『快適に食事をする』という『目的』を実現させること)」ができなくなります。

 ですから、「テーブルマナー」をつくるとしたら、「細かすぎず」、「大ざっぱすぎず」、「適度なもの」をつくる必要があります。

 つまり、「『快適に食事をするという目的を実現させる』ために有効に機能するルール」をつくる必要があります。


 同じように、「会社」や「国家」においても、「必要のないルール」や「間違ったルール」をつくったら、「全体の活動の効率」が下がったり、「全体を構成する全ての人」の「まとまり」が得られなくなったりするので、「全体の目的」を実現させることができなくなります。

 ですから、「会社」や「国家」においても、「ルール」をつくるときは、「とりあえずつくればいい」ということではなく、あくまで、「『全体の目的を実現させる』ために有効に機能するルール」をつくる必要があるのです。


 たとえ「間違ったルール」でも、一度つくったら、「全体を構成する全ての人」が、その「ルール」に従うことになります。

 ですから、意図的でなくても「間違ったルール」をつくったら、「全体の目的」を実現させることはできなくなるのです。

 ですから、「全体のルール」をつくるときは、「『全体の目的を実現させる』ために有効に機能するルール」をつくる必要があるのです。



 さて、これらのことから、「『全体のルール』とはどのようなものか」が理解できると思います。

 また、「『全体を統制する』ためには『全体のルール』をつくる必要があること」も理解できると思います。


 普段、あまり「ルール」を意識していない人は、「ルール」と言うと、堅苦しく思うかもしれませんが、多くの人が無人島かどこかの「『ルール』が全くない土地」に移り住み、「共同生活」をするとしても、まず、はじめに「ルール」をつくるはずです。

 なぜなら、「ルール」がなければ、「秩序を維持すること」も「生活を安定させること」もできないからです。つまり、「共同生活」をすること自体ができないからです。


 よく考えれば分かることですが、「家族」「友人の集まり」「学校」「会社」「国家」、その他、どのような「全体」でも、「全体のルール」があるからこそ、「一定の秩序(全体の統制)」が保たれているのです。


 人間は、それぞれが、「自分の考え」を持った「独立した個人」です。

 ですから、「全体のルール」がなければ、「全体を構成する全ての人」が思い思いに行動し、「全体を構成する全ての人」の「あり方」と「行動」は、「統一性がない状態」になるのです。

 ですから、「全体を統制する」ためには、まず、はじめに、「全体のルール」をつくる必要があるのです。

「ルール」というほどのものではなくても、「『暗黙のルール』のようなもの」は必ずつくる必要があるのです。


続きを読む ⇒ 「全体を統制するための教育」をしっかり行なう

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