私たちは、「共存共栄の世の中」を実現させ、維持し続けるためには、経済や社会の「発展」より「安定」を優先させることを国際ルールにする必要があると考えています。
私たちが考える「共存共栄の世の中」とは、「『世の中に存在する全ての生物』の『尊厳』が保たれている世の中(全ての生物が、『価値ある存在』『尊い存在』として認められ、大切にされている世の中)」のことです。
また、それは、「戦争がない」「犯罪がない」「いじめがない」「自殺者がいない」「病死、事故死がない」「交通事故がない」「失業率が低い」「貧困率が低い」「衣、食、住等の、生活に必要なものが行き渡っている」「子供からお年寄りまで、全ての人が、健康に安全に暮らせる環境である」「教育が行き届いている」といった社会のことです。
つまり、このような社会を維持できる範囲内で、経済や社会を「発展」させることを国際ルールにする必要があると、私たちは考えています。
現代の社会は、科学技術の発達等により、非常に「発展」しました。
ですが、世界的には貧困が増え、格差が広がり、飢餓はなくならず、犯罪もなくならず、環境が破壊され続けています。
なぜ、このように、社会は非常に「発展」しているのに、世界的には様々な問題を抱えているのでしょう?
それは、今の世界は、経済や社会の「安定」より「発展」を優先させているからです。「安定」を無視して、それらを「発展」させているからです。
「発展」を優先させると、必然的に「安定」は犠牲になります。
ですから、現代の社会は、非常に「発展」しているのに様々な問題を抱えているのです。
私たちは、国家の目的の本質は、「国民の衣・食・住の確保」や「治安の維持」といった、「国民生活の安定」だと考えています。
「全ての国民が、安心、安全に暮らせること」が根本的に重要であり、その状態を維持しつつ「発展」させるのが、国家のあるべき姿だと考えています。
今の世界においては、「経済や社会は、発展させることが重要である」といった考えが主流だと思いますが、その「発展」が、多くの人の犠牲の上に成り立っているようではいけません。
それは、「人権」や「人間の尊厳」を無視する行為ですし、「世界人権宣言」を無視する行為でもあります。
国民生活や社会の「安定」を無視して、経済や社会を「発展」させれば、短期間で、それらを「発展」させられると思いますが、そのようなことは、認められるべきではないのです。
世界の全ての人は、「社会を構成する一員」「社会を支える重要な存在」です。
ですから、世界の全ての人は、大切に扱われるべきであり、決して邪険に扱われるべきではありません。
世界の全ての人には、「安心、安全な社会で暮らす権利」「安心、安全な社会を求める権利」があるのです。
このような考えから、私たちは、経済や社会の「発展」より「安定」を優先させるべきだと考えています。
「経済や社会の『安定』を優先させると、経済が停滞してしまうのではないか?」と、心配する人がいるかもしれませんが、そのようなことは全くありません。
1980年代から、科学技術の発達により、「生産性」が劇的に向上しました。
その結果、世界的に「需要量」と「供給量(生産量)」が逆転し、「需要量」より「供給量(生産量)」の方が多くなりました。
それから40年が経ち、現在は、すでに2026年です。
この間、科学技術は格段に進歩し、「生産性」も比較にならないほど高まりました。
つまり、現在は、「受容量」より「供給量(生産量)」の方が、圧倒的に多いのです。
このような時代においては、経済や社会の「安定」を優先させても、経済が停滞してしまうことは、全くないのです。
「需要量」より「供給量(生産量)」の方が圧倒的に多いのに、どうして、多くの人の生活を犠牲にしてまで、経済や社会を「発展」させるのでしょう?
そのような考えは、明らかに間違っています。
現在は、「需要量」より「供給量(生産量)」の方が、圧倒的に多いのですから、経済や社会の「安定」を優先させるべきなのです。
「共存共栄の世の中」を維持できる範囲内で、経済や社会を「発展」させるべきなのです。
私たちは、このような考えから、経済や社会の「発展」より「安定」を優先させることを国際ルールにすることを提案しています。
続きを読む ⇒ 共存共栄実現プロジェクト4 世界の全ての人が「共存共栄の世の中」を維持して生きるようにする